ブラックバスを知ろう


1925年、故赤星鉄馬氏によって北米から芦ノ湖に初めて移植された北米産の淡水魚。
この時、同時にスモールマウスバスも放流されたらしいが、ラージマウスバスだけが定着している。
放流目的は、日本の戦後のタンパク源として食用で輸入されている。
その後、第二次世界大戦後に、関西、九州方面にも移植され、関東以南の数カ所で細々と繁殖をしていた。
今ではゲリラ放流などと問題にもなっているが、過去には宮内庁関係の放流された湖もある。
また、全国的に繁殖してしまった原因の一つとして、琵琶湖産のアユの移植にバスの稚魚が混じったとも言われており、琵琶湖にしか生息しない魚種が九州に生息していると同時にブラックバスが生息している。
ルアーフィッシングの始まりは、様々な説があるが横浜米軍基地の兵士が休日にルアーフィッシングでバスを釣って楽しんでいた事からというものが真実味があると言われている。

1970年代が第一次バスブームで各地にゲリラ放流されたことは否定出来ない。この頃はタックルがアメリカ製であったりして国産のものは機能的にも優れたものはなく、高価で入手しにくく、一部の人に楽しまれただけのようである。
再び1980年代にも第二次バスブームが起こると、日本の各釣具メーカーも競ってルアーフィッシングに力を入れるが、それでもルアーの性能は低く、魚を誘う力は弱いものであった。国産メーカーでも数点だけ現在も使えるものがあった。
1995年以降が第三次バスブームである。
第一次ブームでは、現在で言うオカッパリが主流で、第二次ブームでは一部の人間がカヌーを用いて、オカッパリで攻めにくいポイントでの釣りが始まる。そして第三次ブームにおいてバスボートが主流になっていく。そして魚群探知機を用いたりGPSを用いたりと、レベルの高い釣りが求められ、バスプロという職業が成り立つようになる。